ある松本さんのお話
すぐやる課

1969年10月6日の話です。
当時の千葉県松戸市は人口急増で
道路・下水道・学校整備に追われていたそう。
市民から「側溝が詰まった」「U字溝が壊れた」
みたいな身近な相談がやたらと多かったようですね。
しかし役所の縦割りでなかなか処理されなかった。
そこで当時の市長はたらい回しせず、
その場で動く部署を作ったとの事。
それが『すぐやる課』。
しかも名前を決めるとき市議会から反対されたみたい。
「特急課」「応急処理課」「特殊機動処理課」
なんて候補もあったそうですね。
ただ小学生でも分かる名前でなければアカン!
という考えで「すぐやる課」を押し通したそう。
議会通過からわずか2日後に開設。
そしてなんと課長1人+課員1人のたった2人でスタート。
ところが初日から16件、やがて1日40件もの依頼が来て、
わずか4日で5人体制になったとの事です。
アイデアマン

1932年に個人薬局「松本薬舗」を開業。
商品が少なく棚が寂しいから
空き箱を並べて店を賑やかに見せたり、
客寄せに店先でサルを飼ったりしていたといいます。
また1951年には『松本薬局』では目立たないから
店名を『薬局マツモトキヨシ』に変更したとあります。
そう今日のブログはあのアイデアマン
『松本清』さんの話です。
1987年

ただ松本清さん本人が現在のマツキヨを
ここまで大きくしたわけではありません。
松本清さんは1973年に亡くなっています。
その後、二代目の時代に入った1987年。
ここから都市型ドラッグストアに転換されますね。
そして3年後の1990年に店頭公開、
その5年後にはドラッグストア売上高日本一を達成!
この当時は216店舗だったそうですが
1999年に東証一部上場、2001年に500店舗到達。
都市型店舗に舵を切ってからたったの約14年で
500店舗にまでするんですから凄いの一言です。
今から約5年前の2021年に
ココカラファインと経営統合しましたね。
現在の持株会社の名称はマツキヨココカラ&カンパニー
と言うそうです。
創業者は見ていない

今では全国47都道府県に店舗3600超とか・・。
今年の3月時点でマツキヨ約1970店舗、
ココカラファインが1536店舗ほどあるそうです。
この大阪では圧倒的にココカラファインのほうが多い。
マツキヨはイメージ的に関東の印象が強いですね。
もちろん創業者の松本清さんは、
この現在の姿を見ていません。
都市型店舗にしたのも二代目以降・・。
そう、清さんの長男さんが大きくしていったみたい。
創業者の名前が目立ちますが
大手ドラッグストアになっていく過程では
長男さんの活躍があったそう。
松本清さんは松戸市長も務められました。
そしてこの長男さんも千葉県議会議員になり、
衆議院議員もされていたそう。
親子で似ていますがこれも遺伝なのでしょうか?

同じ松本さんでもえらい違いです・・。
