「この家、いつまで持つんやろ」阿倍野の長屋で止まっていた時間が、動き出した日。長屋で暮らす兄妹の物語

 

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大阪市阿倍野区。

表通りから一本入っただけで、

街の音は少し遠くなる。

 

細い路地の奥に、古い長屋が並んでいる。

外壁はところどころ色が抜け、

雨の跡が筋のように残っている。

 

その中の一軒に、兄と妹は暮らしていた。

 

どちらも五十代。

両親はもういない。

 

それでも、家はそのままだった。

名義も、記憶も、生活も、何もかもが

“途中のまま”止まっている。

 

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朝の音

 

朝は、決まった時間に始まる。

 

妹は台所に立ち、湯を沸かす。

古いやかんが、小さく音を立てる。

 

味噌汁の匂いが、ゆっくりと部屋に広がる。

 


 

「できたで」

そう言っても、返事はない。

 


それでも、慣れていた。

 

皿にご飯とおかずを盛り、

廊下の先にある扉の前に置く。

 

少しだけ間を置いてから、ノックをする。


 

「そこ、置いとくからな」

 

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中から音はしない。

けれど、しばらくすると皿だけが消える。

 

そして、時間をおいて、また戻ってくる。


それが、この家の“会話”だった。


部屋の向こう側

 

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兄が外に出なくなって、どれくらい経つのか。

はっきりとは覚えていない。

 

最初は、「ちょっと疲れてるんやろ」くらいだった。

それが一日になり、数日になり、

気づけば外に出ること自体がなくなっていた。


 

「コンビニくらい行ってきたら?」

 

昔、一度だけそう言ったことがある。


「……ええわ」


 

それが最後だった。

 

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それ以来、妹は何も言わなくなった。

 

言わない方が、うまくいくこともある。


静かな違和感

 

ある日の午後、雨が降っていた。

強くもなく、弱くもない、いつもの雨。

 

洗濯物を取り込もうとしたとき、

足元に違和感があった。

 

畳が、ほんの少し湿っている。


「……あれ」


 

手で触ると、冷たかった。

雑巾で拭いて、その日はそれで終わった。

 

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けれど、数日後。

また同じ場所が濡れていた。

 


壁に目をやると、細いひびが走っている。

床を歩くと、わずかに沈む。

 


小さなことだった。

でも、確実に何かが変わっている。

 


気づいたとき、口から言葉がこぼれた。


「この家、いつまで持つんやろ」

 

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誰に聞いたわけでもない。

ただ、その言葉だけが、やけに重く残った。

 


長屋の距離

 

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長屋は、壁一枚で隣とつながっている。

 


 

「夜、ちょっと音が響くんで…」

隣の人に言われたことがある。

 


謝って、それで終わった。

でも、それから少し気を遣うようになった。

 


外壁の話も出た。


 

「そろそろ直した方がええんちゃうか」

「せやけど、どこまでやるかやな」

「費用もあるしなあ」


話は途中で止まった。

そのまま、何も進まなかった。


 

こういう“止まり方”が、この家には多かった。

 

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不動産屋

 

妹は、ある日、思い立って不動産会社に行った。


「この家、売れますか?」


担当者は、少し考えてから言った。


「相続、まだですよね」


「……はい」


「この状態やと、売却は難しいですね」


「そうなんですね…」


それ以上、言葉が続かなかった。


帰り道

 

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帰り道、いつもよりゆっくり歩いた。

 

見慣れた街。

スーパーもある。

駅も近い。病院もある。


 

「ほんまは、ええ場所なんやけどな」

 


思わず、つぶやいた。


もしこの家が、今の状態でなければ。

もしちゃんと整っていれば。


違う未来があったのかもしれない。

 

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選べなかった理由

 

売るという選択は、頭の中にはあった。


「ここ売ったら、楽になるやろな」


でも、そのあとに必ず続く言葉があった。


「でも、無理やな」


兄のことを考えると、それ以上進めなかった。


「この人、ここから出られへん」


そう思っていた。


そして、自分も動かなかった。

 

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雨の夜

 

その日は、少し強い雨だった。


ポタ、ポタ…


天井から音がする。


見上げると、染みが広がっていた。


 

「……あかんかもしれん」

 


初めて、そう思った。


 

それは不安というより、

どこかで分かっていたことが、

やっと言葉になった感じだった。

 

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もう一度

 

数日後、もう一度、不動産会社に行った。


「相続のこと、教えてほしいんです」


担当者は静かにうなずいた。


「売ることも、考えてます」


少しだけ間があったあと、


「分かりました。一緒に整理しましょう」


 

その言葉で、初めて前に進んだ気がした。

 

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決断

 

家に戻って、扉の前に立った。


「なあ」


少しだけ間を置く。


「この家、売ろうと思う」


中から音はしない。


しばらくして、


 

「……そうか」

 


小さな声が返ってきた。


それだけだった。

 


エンディング

 

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引っ越しの日。

荷物は少なかった。


兄は、ゆっくりと玄関に出てきた。


外に立つのは、久しぶりだった。


 

「……明るいな」

 


それだけ言った。


振り返ることはなかった。


妹は、その背中を見ながら思った。


これでよかったんやと思う。

 


最後に

 

家は、残る。

 

でも、人は変わっていく。

 


止まったままに見える時間も、

どこかで必ず動き出す。


そのきっかけは、

ほんの小さな違和感かもしれない。


 

「まだ大丈夫」

 


 

その言葉を口にしたとき、

もう、次の一歩は始まっているのかもしれない。

 

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