『ボヤを出したあの長屋を救ってくれた一枚の貼紙…。』 家を売るって最後までわからんもんやわ。【前編】
「あんた!実家に変な貼紙してあるで!」
昼過ぎ、携帯電話が鳴りました。
画面を見ると姉からです。
「もしもし?」
「あんた!実家に変な貼紙してあるで!」
「……はぁ?」
「なんか不動産屋さんみたいやねん。
『ご覧になられた方はご連絡ください』って書いてあるわ。」
「なんやそれ?」
「知らん(笑)。一回電話してみたら?」
電話はそれだけでした。
でも、その一言で
十五年前の景色が一気によみがえってきました。
“実家”
その言葉を聞くだけで胸が苦しくなる。
もう何年も、
できるだけ考えんようにしてきた家でした。
あの日から、実家へ帰れなくなった。
数十年前。
実家は大阪によくある二軒長屋でした。
小さいけど、家族みんなが笑って暮らした家。
ところが、ある日。
家でボヤを出してしまいます。
幸い、大きな火事にはならず、
けが人も亡くなった方もいませんでした。
それだけは本当に良かった。
でも、自分の心だけは、
あの日からずっと燃えたままでした。
消防車が来る。
近所の人が集まる。
「大丈夫やった?」
「怪我なくて良かったな。」
みんな優しかった。
優しかったからこそ、余計に申し訳なかった。
「迷惑かけてしもた……。」
その気持ちは何年経っても消えませんでした。
「あそこ、昔ボヤ出した家や。」
そんな言葉を耳にするたび、
実家へ向かう足はどんどん遠のいていったそうです。
「相続せなあかん…。」そう思いながら十五年。
親も亡くなり、実家は完全な空き家。
「相続せなあかんな。」
「家も何とかせなあかんな。」
頭では分かっていました。
でも心が動かない。
「あの家を見るのもしんどい。」
「近所の人に会うのも気まずい。」
そんな気持ちのまま、一年、三年、五年……。
気が付けば十五年。
家だけが静かに歳を重ねていました。
テレビで空き家特集を見るたびに思い出す。
新聞で相続の記事を見るたびに思い出す。
でも最後はいつも同じ結論。
「ボヤも出しとるし。」
「古い長屋やし。」
「100万円になったらええ方やろ……。」
だから、
不動産会社へ相談することもありませんでした。
一方その頃、お隣でも新しい悩みが始まっていました。
お隣の長屋には、
つい最近まで人が住んでいました。
ところが、ご家族が引っ越され、
その家も空き家になったのです。
「このまま置いといても傷むだけやな。」
そう考えた所有者の方が、私たちに相談へ来られました。
現地を見せてもらい、私はすぐに思いました。
「片方だけ売るのは、もったいない。」
長屋は一軒だけでは使い方が限られます。
でも二軒そろえば、
一つの土地として活用できる可能性が一気に広がります。
「隣の方とも一緒に売れたら、
もっと価値が上がるかもしれません。」
ところが、その隣の家は十五年以上空き家。
所有者の方もすでに亡くなられ、
相続人が誰なのか分かりませんでした。
近所で聞いても、
「もう何年も誰も来てへんなぁ。」
そんな返事ばかりでした。
「ほな、貼紙貼ってみますか。」
私たちが選んだ方法は、とてもシンプルでした。
一枚の貼紙です。
『お隣が解体工事を検討しております。
ご説明したいことがありますので、
こちらをご覧になられた方はご連絡ください。』
「兄ちゃん、連絡来ると思う?」
そう聞かれて、
「正直……五分五分ですね。」
そう答えたのを今でも覚えています。
一週間。
二週間。
一か月。
電話は鳴りません。
「やっぱり難しいかな。」
そう思い始めた頃でした。
携帯電話が鳴ります。
知らない番号。
「もしもし。」
電話の向こうから聞こえてきたのは、
一人の女性の声でした。
「あの……貼紙を見たんですが。」
その一本の電話が、
十五年間止まっていた時間を動かすことになるとは、
この時はまだ誰も知りませんでした。
後編へ続く
実家を前に複雑な思いを抱える大阪のおばちゃん
運命を変えた一枚の貼紙
- 不動産キャリア29年
- 株式会社フォローウィンドコーポレーション代表取締役
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