まさか――相続する家を売り、家族に新築一戸建てを残したかった父親の話

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以前、ある男性から

不動産の売却相談を受けたことがあります。

 

男性はまだ40代前半。奥さんと、

小学生の子ども二人の4人家族でした。

 

相談を受けたのは、

男性が父親から相続する予定だった一戸建です。

 

その家には男性の家族が暮らしていましたが、

築年数も古く、これから子どもたちが成長していくことを

考えると、いつまでも住み続けられる家ではありませんでした。

 

男性には、ある計画がありました。

 

父親から家を相続する。

その家を売却する。

 

そして売却したお金を元手に、新築一戸建てを購入する。

 

それは、自分のためだけの計画ではありません。

 

奥さんと、まだ小学生だった二人の子どもが、

これから安心して暮らしていくための家を用意する計画でした。

 

 

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「好きにしてええで」と言っていた後妻

 

父親には再婚した妻がいました。

 

男性にとっては後妻にあたる人です。

 

後妻はすでにその家を出ていましたが、

父親と離婚したわけではなく、法律上は夫婦のままでした。

 

父親が亡くなった当初、後妻は男性に、

「好きにしてええで」

と話していたそうです。

 

男性は、その言葉を信じていました。

 

自分が家を相続し、売却しても問題はない。

そう考えて、私のところへ相談に来られたのです。

 

私も家を確認し、売却に向けて話を進めようとしました。

 

ところが、いざ相続手続きを始めようとしたところ、

話が変わりました。

 

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最初は「好きにしてええ」と言っていた後妻が、

相続に抵抗し始めたのです。

 

別居していても、離婚していなければ

配偶者には相続権があります。

 

口頭で「好きにしてええ」と言ったからといって、

それだけで遺産分割が成立したことにはなりません。

 

相続人同士の話がまとまらなければ、

男性一人の判断で家を自分の名義にし、

売却することはできません。

 

不動産を売却するためには相続登記が必要であり、

その前提として相続人間で遺産分割の話し合いをする必要があります。

 

男性が思い描いていた計画は、そこで止まってしまいました。

 

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なぜ、それほど急ぐのか

 

男性は、ずいぶん急いでいました。

 

「できるだけ早く進めたい」

「何とか売却できませんか」

 

「新築の家を買う話も進めたい」

 

その気持ちは、電話の声からも伝わってきました。

 

けれど、不動産の相続は、

一人が急いだからといって進むものではありません。

 

後妻が納得しなければ、

遺産分割協議はまとまりません。

 

私も何とか方法がないかと考えましたが、

相続人同士の話し合いを、

不動産会社が勝手にまとめることはできません。

 

なぜ、これほど急いでいるのだろう。

 

 

 

新築一戸建てを早く買いたいからだろうか。

子どもの学校のことがあるのだろうか。

 

住宅ローンの年齢を気にしているのだろうか。

 

いろいろ考えました。

 

それでも私は、まだ時間はあると思っていました。

 

男性は40代前半です。

子どもたちはまだ小学生。

 

後妻との話がすぐにまとまらなくても、

少し時間をかければ解決の糸口が見つかるかもしれない。

 

相続の話がまとまったら、

家を売却して、新しい家を探せばいい。

 

そう思っていました。

 

 

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相続の話が止まったまま、お盆休みへ

 

しかし、後妻との話は進みませんでした。

 

最初の「好きにしてええで」という言葉は、

いったい何だったのか。

 

男性は焦っていました。

 

私は不動産売却の相談を受けた立場ですが、

相続人の一人が反対している以上、

無理に販売を始めることはできません。

 

そうこうしているうちに、夏になりました。

 

お盆が近づき、

弊社も休みに入る時期になりました。

 

私は男性に、休みが明けたらまた連絡を入れ、

今後の進め方を考えようと思っていました。

 

お盆休みは、ほんの数日です。

 

休みが明けたら、また話せる。

私には、そう思えていました。

 

セミが鳴き、強い日差しが道路を照らす、

いつもの大阪の夏でした。

 

 

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お盆休みが明けて電話をかけると

 

休みが明け、私は男性へ電話をかけました。

 

相続の話は少しでも進んだのか。

 

後妻ともう一度話すことはできたのか。

売却に向けて、何か新しい方法を考えられないか。

 

そんなことを頭に浮かべながら、

電話がつながるのを待ちました。

 

電話に出たのは、男性ではありませんでした。

 

奥さんでした。

 

 

 

そして私は、奥さんから、

ご主人が亡くなったことを告げられました。

 

すぐには言葉が出ませんでした。

 

まだ40代前半です。

 

つい先日まで、家を売りたい、

新築一戸建てを買いたいと話していた人です。

 

奥さんの応対は、どこかそっけなく感じられました。

 

けれど、ご主人を亡くしたばかりで、

小学生の子ども二人を抱え、

解決していない相続問題まで残されています。

 

不動産会社からの電話に、

事情を一から説明できるような状態ではなかったのでしょう。

 

奥さんは、短く言いました。

「もう、そっとしておいてください……」

 

電話は、それだけで終わりました。

 

その言葉が、ご主人を亡くした悲しみから出たものなのか、

相続の話に疲れ果てていたのか、

それとも別の理由があったのか。

 

私には分かりません。

 

それ以降、私から連絡することはありませんでした。

 

奥さんと子どもたちは家を出た

 

その後、残された奥さんと小学生の子ども二人は、

その家を出ていったと聞きました。

 

どこへ引っ越したのか。

どのような暮らしを始めたのか。

 

新しい住まいを見つけることができたのか。

 

私は何も知りません。

 

男性が計画していた新築一戸建ては、

家族に残せませんでした。

 

自分が相続するはずだった家も、

売却できないままです。

 

家族4人で始めるはずだった新しい生活は、

実現しませんでした。

 

それから何年かたったころ、

私はその家の近くを通りました。

 

気になって、久しぶりに現地を見に行きました。

 

そこに、以前の家はありませんでした。

建物は解体され、土地は更地になっていました。

 

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後妻が相続して売却したのか。

 

残された奥さんや子どもたちが、

何らかの形で相続して売却したのか。

 

それとも、ほかの事情があったのか。

 

私には知る由もありません。

 

ただ、男性があれほど急いで売ろうとしていた家はなくなり、

何もない土地だけが残っていました。

 

最後に、ここまで書かなかったことがあります

 

実は男性は、がんを患っていました。

 

私は、そのことを本人から聞いていました。

それでも、まだ40代前半でした。

 

私は心のどこかで、

まだ時間はあると思っていたのかもしれません。

 

しかし、男性は自分の病状を分かっていたのでしょう。

 

だから、あれほど急いでいた。

 

父親の家を相続して売りたい。

売却代金を元手に新築一戸建てを買いたい。

 

それは、自分が新しい家で暮らしたいからだけではなかった。

 

自分がいなくなったあとも、奥さんと小学生の子ども二人が

安心して暮らせる場所を残しておきたかったのだと思います。

 

けれど、相続の話はまとまりませんでした。

 

 

時間だけが過ぎ、お盆休みが来て、

私は数日後にまた連絡すればいいと思っていました。

 

 

まさか――。

 

 

その数日後、もう一度話すことさえ

できなくなるとは思っていませんでした。

 

何年か後、そこに残っていたのは、新築一戸建てでも、

家族4人が暮らしていた古い家でもありません。

 

ただの更地でした。

 

不動産の仕事をしていると、家を売った、買った、

いくらになったという数字の話が中心になります。

 

けれど、一つの家の向こうには、

そこで暮らす人の時間があります。

 

そして、その時間がいつまで残されているのかは、

誰にも分かりません。

 

あの男性が家族に残そうとしていたものは、

家だけではなかったのでしょう。

 

 

妻と子どもたちが、

自分のいない将来も安心して暮らせる生活。

 

その願いを形にする前に、時間が尽きてしまった。

 

更地になったあの場所を思い出すたび、

私は今でも、あの夏のことを考えます。

 

 

筆者松本 親幸
  • 不動産キャリア29年
  • 株式会社フォローウィンドコーポレーション代表取締役
個人的には今までの不動産業経歴において1,500件超のお取引に関わっております。
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