住吉区・阿倍野区・住之江区・西成区に明治・大正建築の長屋が多く残る理由とは!? 〜なぜ今も残り、どうやって維持されてきたのかを解説〜
はじめに|「なぜこのエリアだけ古い長屋が多いのか?」
大阪市内を歩いていると、あるエリアだけ
時間が止まったような街並みに出会うことがあります。
- 木造の長屋
- 細い路地
- 明らかに戦前と思われる建物
特に多いのが、
住吉区・阿倍野区・住之江区・西成区です。
「ここ、なんでこんなに古い家が残ってるん?」
そう思ったことがある人も多いはず。
結論から言うと、
これらの区に明治・大正期の長屋が多いのは
偶然ではなく、歴史・戦争・都市構造が重なった結果です。

まず結論|4区に共通する3つの理由
先に全体像をまとめます。
明治・大正建築の長屋が多い理由
- 戦前から住宅地として発展していた
- 戦災を“部分的に”免れたエリアが多い
- 戦後に大規模再開発が入りにくかった
この3つが重なり、結果として
「古い長屋が今も使われ続けている街」になりました。
理由①|明治〜大正期に“住宅地として完成していた”

大阪南部は「早くから人が住んだエリア」
現在の住吉区、阿倍野区、住之江区、西成区
これらは、
- 明治後期
- 大正期
にかけて、大阪中心部に通勤する人の
住宅地として発展しました。
当時の住宅は、
- 木造
- 長屋形式
- 路地付き
が一般的。つまり、**最初から
「長屋が大量に建てられたエリア」**なのです。
理由②|大阪大空襲の被害が“モザイク状”だった
「全部焼けた」は間違い
大阪大空襲では確かに市内の多くが焼失しましたが、
南部エリアは、
- 軍需工場が少ない
- 行政・中枢機能が少ない
という理由から、被害が局地的でした。
👉
焼けた街区・焼け残った街区が
入り混じる状態になったのです。

焼けなかった場所に古い建物が集中
結果として、
- 焼失 → 戦後再建・区画整理
- 未焼失 → そのまま使用
となり、戦前建築が「かたまり」で
残るエリアが生まれました。
これが、「この辺だけ異様に古い家が多い」
と感じる正体です。
理由③|戦後の再開発が入りにくかった
なぜ再開発されなかったのか?
理由は現実的です。
- 区画が細かすぎる
- 権利関係が複雑
- 住宅として機能していた
つまり、壊す理由がなかった。
特に長屋は、
- 所有者が住み続ける
- 少しずつ直しながら使う
という文化があり、一気に
更新されることがありませんでした。

区ごとの特徴をもう少し詳しく
住吉区|古くて“住み続けられる街”
住吉区は、
- 戦前からの住宅地
- 下町だが落ち着いた環境
という特徴があります。
長屋は、
- 自宅兼用
- 相続後も家族が使用
されるケースが多く、
**「壊されずに維持されてきた」**代表例です。
阿倍野区|戦前住宅×立地の良さ
阿倍野区は、
- 戦前からの郊外高級住宅地
- 文教色が強い
エリア。
戦災を免れた街区では、
- 明治・大正期の区画
- 戦前構造の建物
が骨格として残っています。
👉見た目は昭和でも、中身は戦前構造という家も多い。
住之江区|工業地帯と生活圏の間
住之江区は、
- 工場
- 港湾
- 住宅
が混在するエリア。
労働者住宅として建てられた長屋が多く、
実用性重視で使い続けられたため残りました。
西成区|長屋文化が最も色濃く残る街
西成区は、
- 木造密集地
- 労働者住宅
が集中。
再開発よりも「今住めること」が優先されたため、
戦前長屋が現在も多く使われています。

では、どうやって100年以上も維持されてきたのか?
ここが重要です。
明治・大正建築が残った理由は
「完璧だったから」ではありません。
長屋の現実的な維持方法①
壊さず、直し続ける
- 屋根だけ修理
- 柱は触らない
- 水回りだけ更新
👉
フルリフォームではなく部分修繕。
これが長屋の基本です。

長屋の現実的な維持方法②
建築基準法以前の“黙認文化”
戦前建築は、
- 建築基準法制定前
- 現行基準を満たしていない
ことが多い。
それでも、
- 既存不適格(※当時は合法)
- 使用継続は可能
という扱いで、使い続けることが認められてきました。
長屋の現実的な維持方法③
所有者が「割り切って使う」
長屋を持つ人は、
- 完璧を求めない
- 「住めたらOK」
という感覚を持っています。
この割り切りがなければ、100年も残りません。

注意点|古いから価値があるわけではない
ここは誤解されやすいポイントです。
- 明治・大正建築
- 歴史がある
=高く売れるではありません。
不動産としては、
- 立地
- 接道
- 再建築可否
がすべてです。
まとめ|4区に古い長屋が残るのは「必然」
住吉区・阿倍野区・住之江区・西成区に
明治・大正建築の長屋が多い理由は、
- 早くから住宅地だった
- 戦災を部分的に免れた
- 壊さず使い続けた
この積み重ねです。
そして、それらは今も
- 住まれ
- 直され
- 使われ続けている
**“生きた建物”**です。

