大阪の純子さんの物語 第1話 ~父を知らずに育った少女~
父を知らずに育った少女
大阪には、純子さんという一人の女性がいました。
この物語は、華やかな人生を送った人の
お話ではありません。
誰もが知る有名人でもありません。
どこにでもいる、ごく普通の女性のお話です。
けれど、その人生を振り返ると、「人生とは何だろう」
「家族とは何だろう」と考えさせられます。
これは、ある一人の女性が歩んだ、
静かで、そして少し切ない人生の始まりです。
幼い頃に経験した両親の離婚
純子さんがまだ幼い頃、ご両親は離婚しました。
理由は分かりません。
ただ、その日を境に純子さんは
お母さんと二人で暮らすことになります。
父親とは離れ離れになり、
その後会うことはありませんでした。
幼い子どもにとって「父親がいない」という現実を
理解することは難しかったはずです。
友達がお父さんと遊んでいる姿を見て、
どんな気持ちだったのでしょう。
運動会や授業参観。
父親と一緒に歩く友達を見て、
胸の奥で何かを感じていたのかもしれません。
しかし純子さんは、
そのことを口にする人ではありませんでした。
幼いながらに、お母さんを困らせたくない。
そんな優しい気持ちを持った子だったそうです。
女手ひとつで育ててくれた母
純子さんのお母さんは、一人で娘を育てました。
今のように支援制度が
充実していた時代ではありません。
生活は決して楽ではなかったと思います。
毎日働き、家事をこなし、娘を育てる。
休みたい日もあったでしょう。
泣きたい夜もあったでしょう。
それでも、お母さんは純子さんの前では
笑顔でいようと努めていたのかもしれません。
純子さんも、お母さんの苦労を見て育ちました。
欲しい物があっても「いらない」と言う。
学校で必要な物以外はねだらない。
幼いながらに、母親を助けようとしていたのでしょう。
母と娘。
たった二人の家族でした。
それでも、お互いを思いやりながら
毎日を過ごしていました。
父親の記憶は、ほとんどなかった
純子さんには父親の記憶がほとんどありませんでした。
父親がどんな人だったのか。
どんな声だったのか。
どんな笑顔だったのか。
思い出そうとしても浮かばない。
誰かから「お父さんは再婚したらしいよ。」
そんな話を耳にしたことはあったそうです。
でも、それ以上のことは知りませんでした。
会いたいと思ったことがあったのか。
恨んでいたのか。
それとも、何も感じなくなっていたのか。
それは、誰にも分かりません。
純子さんは、そのことをほとんど話さなかったそうです。
やがて大人になり、新しい家庭を築く
時は流れ、純子さんは社会人となり、
一人の男性と出会います。
ご縁があり、二人は結婚しました。
ようやく自分だけの家庭ができたのです。
幼い頃に経験した寂しさを知っているからこそ、
家庭という場所を誰よりも大切にしていたのかもしれません。
派手な暮らしではありません。
旅行をたくさんするわけでもありません。
それでも、一緒にご飯を食べ、笑い合い、
何気ない毎日を過ごせることが幸せでした。
純子さんは裁縫が好きでした。
時間があると針と糸を持ち、
小物を作ったり、洋服のほつれを直したり。
そんな穏やかな時間が流れる家庭でした。
純子さんは、優しく、穏やかな性格の女性だったそうです。
幸せな時間は、永遠ではなかった
しかし、その幸せは突然終わりを迎えます。
純子さんが65歳の頃、ご主人が亡くなります。
最愛の人との別れ。
その悲しみは、
言葉では表せないほど大きかったはずです。
家に帰っても、一人。
食卓には向かい合う相手がいません。
静かな部屋に響くのは、時計の音だけ。
その頃から、
純子さんに少しずつ変化が現れ始めました。
物忘れが増えたのです。
同じ話を繰り返す。
約束を忘れてしまう。
昨日のことが思い出せない。
年齢によるものなのか、
それとも大切な人を失った悲しみだったのか。
周囲の人たちは心配し始めます。
まだ、このときは誰も知りませんでした。
この小さな変化が、純子さんの人生を
大きく変えていくことになることを。
そして、この先には純子さんを
支えようとする家族との出会いが待っていました。
──第2話へ続く。
第2話では、
保佐人となった義兄、自宅売却、施設での穏やかな生活、
裁縫を楽しむ純子さん、そして最期までを、
写真を交えながら温かく描いていきます。
- 不動産キャリア29年
- 株式会社フォローウィンドコーポレーション代表取締役
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