大阪の純子さんの物語 第4話 ~純子さんは、今もここで生きています~
~純子さんは、今もここで生きています~
相続の手続きがすべて終わった。
長いようで短かった数か月。
戸籍を集め、相続人を探し、何度も電話をかけ、
書類を作成し、ようやくすべての手続きが終わった。
気が付けば、純子さんが旅立たれてから
随分時間が過ぎていた。
そして、私自身も一つの区切りを迎えていた。
約十年間。
成年後見人として純子さんを支えてきた役目が、
本当に終わったのである。
十年。
言葉で言えば短い。
しかし、その十年には数え切れない思い出があった。
病院から突然かかってくる電話。
施設との面談。
銀行での手続き。
役所への届け出。
家の管理。
体調を崩した時の心配。
少し元気になった時の安堵。
純子さんは、いつも私に言っていた。
「ありがとう。」
その一言だけで十分だった。
私は仕事だから動いていたわけではない。
もちろん成年後見人という立場ではあった。
しかし、十年という歳月の中で、純子さんは私にとって、
依頼人という存在ではなく、
大切な家族のような存在になっていた。
だからこそ、最後の手続きを終えた時、
不思議な気持ちになった。
「もう純子さんのために動くことはないんやな。」
そう思うと、心にぽっかり穴が開いたようだった。
成年後見人には報酬がある。
家庭裁判所が決定する正式な報酬だ。
約十年間で、私が受け取ることになった金額は
約150万円だった。
決して少ない金額ではない。
「本当に長い間、お疲れさまでした。」
そう言っていただいた。
けれど、私の中ではどうしても割り切れなかった。
このお金は、純子さんがいたからいただけるもの。
純子さんが私を信頼してくださったからこそ、
最後まで務めることができた。
そう考えると、このお金を自分のために
使う気持ちにはなれなかった。
私は一つの決断をした。
純子さんが最後までお世話になった施設へ、
この報酬を寄付しよう。
ただ、一つだけお願いがあった。
「設備を新しくしてください。」
そしてもう一つ。
「もしよろしければ、その設備に
純子さんとご主人のお名前を残していただけませんか。」
施設の皆さんは、私の話を静かに聞いてくださった。
そして、笑顔でこう言ってくださった。
「もちろんです。」
その瞬間、胸の中で何かがすっと軽くなった。
新しい設備が完成した日。
私は施設を訪れた。
そこには、多くの利用者の皆さんが集まり、
職員さんが笑顔で働いていた。
その設備の片隅には、
小さなプレートが取り付けられていた。
そこには純子さんと、ご主人のお名前。
決して大きく目立つものではない。
豪華でもない。
けれど、それで十分だった。
これから何年も。
何十人、何百人もの方が、その設備を使う。
職員さんも使う。
ご家族も目にする。
純子さんご夫婦のお名前は、
静かにそこにあり続ける。
私は思った。
「純子さん、おじさん。これでまた誰かの役に立てるね。」
そう語りかけると、
不思議と涙は出なかった。
悲しさよりも、温かい気持ちの方が大きかったからだ。
それからしばらくして、
一通の手紙が届いた。
差出人は、相続人のお一人だった。
突然知らされた異母姉の存在。
戸惑い。
驚き。
そして、相続手続きの中で
知ることになった純子さんの人生。
手紙には、感謝の言葉が丁寧に綴られていた。
私は何度もその手紙を読み返した。
法律で結ばれた相続人が、
今度は心で純子さんとつながった。
そんな気がした。
私は、その手紙を自宅に保管しようとは思わなかった。
この手紙は、私のものではない。
純子さんに届くべき手紙だ。
そう思った。
私は静かにお墓を訪れた。
線香をあげ、手を合わせる。
そして、その手紙をそっと納めた。
「純子さん。」
「ようやく、お手紙が届きましたよ。」
風が吹いた。
返事はない。
でも、不思議と私は、
純子さんが微笑んでいるような気がした。
この仕事をして約三十年。
たくさんの相続に携わってきた。
争いも見た。
涙も見た。
笑顔も見た。
しかし、純子さんほど忘れられない方はいない。
相続とは、お金を分ける手続きである。
それは間違いない。
しかし、本当に受け継がれるものは、
お金だけではない。
人への思いやり。
感謝する心。
誰かを信じる気持ち。
そして、「ありがとう」と言える人生。
純子さんは、多くを語る人ではなかった。
それでも、その生き方は
私にたくさんのことを教えてくれた。
十年間、支えたつもりだった。
けれど、本当は支えられていたのは
私の方だったのかもしれない。
施設には、今も純子さんご夫婦のお名前が残っている。
相続人から届いた手紙は、
純子さんと一緒に眠っている。
だから私は、時々思う。
人は亡くなって終わるのではない。
誰かの心に生き続ける限り、その人の人生は続いている。
私は今でも、ときどき施設を訪れる。
あの設備を見るたびに、心の中でそっと話しかける。
「純子さん、おじさん。」
「今日も、誰かの役に立ってるで。」
そう思うたび、
あの日の笑顔が静かによみがえってくる。
- 不動産キャリア29年
- 株式会社フォローウィンドコーポレーション代表取締役
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