成年後見人制度を使わずに不動産を売ろうとした事例 ― 認知症の父の「売却意思」を装おうとした危険なケース

はじめに|「よかれと思って」では済まされない問題
相続や不動産売却の現場では、
成年後見人制度を正しく理解しないまま、
危うい判断をしてしまうケースが少なくありません。
今回紹介するのは、
父親が認知症(痴ほう症)であるにもかかわらず、
金銭的な理由から、成年後見人制度を使わずに
不動産を売却しようとした実例。
決して珍しい話ではなく、実務上
「一歩間違えれば違法行為になる」典型例でもあります。
事例の概要|なぜそんなことが起きたのか
その家庭の状況は、次のようなものでした。
- 父親名義の不動産がある
- 父親は認知症が進行しており、意思能力は明らかに低下
- すでに施設に入所している
- 不動産は空き家状態
- 家族(子)は金銭的に余裕がなく、早く現金化したい状況
このような背景の中で、その家族は
次のように考えたそうです。
成年後見人を付けると時間がかかる
家庭裁判所は面倒費用もかかる
なんとか今のまま売れないか
そして、司法書士に「父には売却意思があるように
進められないか」と相談したのです。

「売却意思があるように見せる」ことの危険性
このケースの最大の問題点は、本人に判断能力が
ないにもかかわらず、意思があるように
装って売却しようとしたことです。
不動産売却においては、
- 本人が
- 内容を理解し
- 自由な意思で
- 契約する
この前提が崩れている場合、売買契約
そのものが無効になる可能性があります。
たとえ、
- 書類が整っていても
- 印鑑が押されていても
- 家族が「本人のため」と説明しても
判断能力が欠けていれば、
正当な売却とは認められません。

金銭目的が絡むと、問題はさらに深刻になる
この事例では、「父のため」ではなく、
明確に「お金が必要だから売りたい」という
家族側の事情がありました。
ここが非常に重要なポイントです。
成年後見人制度は、
本人の財産を守るための制度であり、
家族の経済事情を優先するための制度ではありません。
そのため、
- 売却理由
- 売却価格
- 売却の必要性
これらは厳しくチェックされます。
制度を避けて売却しようとする行為は、
結果的に 本人の利益を侵害する行為 と
判断される可能性があります。

司法書士や不動産会社が途中で止める理由
実務では、このようなケースで
途中から取引が止まることがほとんどです。
理由は明確です。
- 後から契約無効を主張されるリスク
- 損害賠償の可能性
- 職業倫理・法的責任
司法書士や不動産会社は、
「グレーだからやめておきましょう」ではなく、
「明確に危険なので進められません」
という判断をします。
実際、このケースでも最終的に専門家が
関与を断り、売却は中断されました。
成年後見人制度を使わない売却の結末
この事例の結果は、次のようなものでした。
- 売却はできなかった
- 時間だけが経過
- 空き家の老朽化が進行
- 家族間の関係が悪化
さらに、「一度でも無理な進め方をしようとした」
という事実は、後に正式な手続きを取る際にも
不利に働く可能性があります。

正しい対応は何だったのか
このケースで取るべきだった対応は、非常にシンプルです。
- 父親の判断能力を正しく評価する
- 成年後見人制度の利用を検討する
- 家庭裁判所の許可を得た上で売却する
- 売却理由を「本人の利益」に基づいて説明する
遠回りに見えますが、
これが唯一、安全で合法的な方法です。
まとめ|「急いで現金化したい」が最大のリスク
相続と成年後見が絡む不動産売却では、
- 面倒だから
- お金が必要だから
- 時間がないから
という理由で近道を選ぶと、結果的に
すべてを失うリスクがあります。
今回のように、認知症の親の意思を装って
売却しようとする行為は、たとえ家族であっても
許されるものではありません。
成年後見人制度は煩雑ですが、
本人と家族の双方を守るための制度です。
不動産を売る前に、「売れるかどうか」ではなく
**「売っていい状態かどうか」**を確認すること。
それが、後悔しないための第一歩です。

