父が教えてくれた最後の仕事【後編】 ~成年後見人になった引きこもり息子の物語~
少しずつ変わっていく日常
成年後見人になったからといって、
何か劇的な変化が起きたわけではなかった。
相変わらず朝は苦手だった。
人と話すのも得意ではない。
電車に乗るだけで疲れた。
それでも、以前とは違っていた。
外へ出る理由があった。
父のためだった。
施設へ行く。
銀行へ行く。
役所へ行く。
通帳を記帳する。
収支をまとめる。
家庭裁判所へ提出する書類を作る。
一つひとつは小さなことだった。
だが、その小さなことが俺を家の外へ連れ出した。
気付けば、一週間
家から出ない生活は終わっていた。
最初の後見報告書を提出した日だった。
裁判所からの帰り道。
コンビニで缶コーヒーを買った。
ベンチに座りながら空を見上げた。
たったそれだけのことだった。
だが不思議だった。
少しだけ達成感があった。
35歳にもなって情けない話だ。
それでも俺にとっては大きな一歩だった。
父の知らない顔
施設へ通うようになって初めて知ったことがある。
父は人気者だった。
職員さんがよく話しかけていた。
他の利用者とも仲が良かった。
ある日、介護士の女性が笑いながら言った。
「お父さん、昔のお仕事の話をよくされるんですよ」
俺は少し驚いた。
家ではあまり仕事の話をしなかったからだ。
聞けば、若い頃は
長距離トラックの運転手をしていたらしい。
何日も家に帰れないこともあったという。
雪の日も。
台風の日も。
荷物を運び続けた。
その話を聞いた時だった。
ふと思い出した。
小学生の頃。
父が誕生日に買ってくれた自転車。
中学生の頃。
修学旅行のお小遣い。
高校受験の塾代。
当たり前だと思っていた。
だが違った。
父が働いていたからだった。
何十年も。
文句も言わず。
その日の帰り道。
胸が苦しかった。
俺は父がどれだけ頑張ってきたのか、
何も知らなかった。
知ろうともしなかった。
初めての給料
働こう。
そう思ったのは、父への恩返しがしたかったからだ。
特別な夢はなかった。
やりたい仕事もなかった。
ただ、自分を変えたかった。
ハローワークへ行った。
履歴書を書いた。
職歴の空白が重かった。
面接では必ず聞かれた。
「この期間は何をされていましたか?」
答えるたびに苦しかった。
何社も落ちた。
何度も心が折れそうになった。
昔なら諦めていた。
逃げていた。
だが今は違った。
成年後見人になってから、
逃げられない経験を何度もしてきた。
だから続けた。
そして半年後。
採用通知が届いた。
小さな物流会社だった。
給料は高くなかった。
それでも嬉しかった。
人生で初めて、自分の力で前へ進めた気がした。
初任給の日。
通帳を見ながら泣いた。
決して大金ではない。
それでも初めてだった。
父のお金ではない。
自分で働いて得たお金だった。
その足で施設へ向かった。
「仕事、続いてるで」
父に言った。
父は少し首を傾げた。
理解しているのか分からなかった。
それでも笑った。
昔と同じ顔だった。
その笑顔だけで十分だった。
最後の春
翌年の春だった。
父の体調が急に悪くなった。
施設から連絡が入った。
慌てて駆け付けた。
父はベッドで眠っていた。
窓の外では桜が咲いていた。
子どもの頃。
父と花見をした公園の桜と同じだった。
病室の椅子に座りながら、
俺はずっと父の手を握っていた。
細くなっていた。
昔は大きな手だった。
キャッチボールを教えてくれた手。
自転車を支えてくれた手。
家族を支えてきた手。
夕方。
父が目を開けた。
ゆっくりと俺を見た。
そして小さな声で言った。
「仕事は?」
「ちゃんと行ってる」
そう答えた。
父は少し笑った。
そして、「そうか」と言った。
それが最後の会話になった。
数日後。
父は静かに息を引き取った。
まるで眠るようだった。
父からの手紙
葬儀が終わった夜だった。
誰もいない家。
静かだった。
静かすぎた。
父の机を整理していた。
すると見覚えのあるファイルが出てきた。
成年後見の書類を保管していたファイルだった。
中を開く。
すると一枚の封筒が入っていた。
俺の名前が書いてあった。
震える手で開けた。
中には便箋が一枚。
父の字だった。
少し震えた字。
だが間違いなく父だった。
「〇〇へ」
「この手紙を読む頃には、父ちゃんはおらんかもしれんな」
その一行で涙があふれた。
文字が見えなくなった。
何度も目をこすった。
「父ちゃんは、お前のことを心配したことはある」
「でも、見放したことは一度もない」
「周りと比べて苦しかったやろ」
「しんどかったやろ」
「それでも生きていてくれてありがとう」
そこで声が漏れた。
涙が止まらなかった。
さらに続きを読んだ。
「お前は優しい子や」
「人の痛みが分かる」
「だから大丈夫やと思ってた」
「焦らんでええ」
「いつか自分で歩き出す」
「父ちゃんはずっとそう思っとった」
最後の一行だった。
「父ちゃんは、お前を誇りに思っとる」
読み終わった瞬間。
俺は声を上げて泣いた。
子どものように泣いた。
何年分もの涙だった。
エピローグ
父が亡くなって5年が経った。
今でも毎年、桜の季節になると父を思い出す。
仕事も続いている。
決して立派な人生ではない。
だが胸を張って生きている。
あの日。
成年後見人にならなければ、
今の自分はいなかったと思う。
父を支えるために始めたはずだった。
けれど本当は違った。
支えられていたのは俺だった。
父は最後まで親だった。
最後まで俺を育てていた。
言葉ではなく。
背中で。
生き方で。
そして成年後見人という「最後の仕事」を通じて。
社会へ戻る道を教えてくれたのだった。
- 不動産キャリア29年
- 株式会社フォローウィンドコーポレーション代表取締役
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